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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1789号 判決

控訴人 呉裕仁

被控訴人 田中テル

主文

原判決を取り消す。

本件を東京地方裁判所八王子支部に差し戻す。

事実

一、控訴代理人は、原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、被控訴人は被控訴人を債権者、原審相被告斎藤成司を債務者として、東京都武蔵野市吉祥寺字本田北二、〇六七番、家屋番号同所乙第九五五番の五、木造瓦葺弐階建店舗兼居宅一棟建坪一五坪弐階一五坪につき、東京地方裁判所八王子支部昭和二十九年(ヨ)第一五七号不動産仮処分決定正本に基いてした、昭和二十九年七月二十二日東京法務局武蔵野出張所受附第六、三一八号処分禁止仮処分登記の抹消手続をせよ、訴訟費用は本訴及び反訴を通じて第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は、本件控訴を棄却する、との判決を求めた。

二、当事者双方の事実及び法律に関する主張は、当審において、控訴代理人が次の主張を附加し、被控訴代理人がこれに答えて次のとおり陳述したほか、原判決事実摘示と同一である。

(当審における控訴人の主張)

(一)  本件建物は、控訴人が昭和二十九年七月二十日に訴外神谷京一と原審相被告斎藤成司との両名を共同売渡人として買入れたものであり、したがつて被控訴人が主張するように神谷と斎藤との間の売買が無効とされ、かつ、斎藤と控訴人との間の売買も無効であることになつても、神谷と控訴人との間の売買の効果には影響がなく、斎藤から控訴人に対する本件建物所有権移転登記が抹消されると同時に、控訴人は神谷に対してその所有権移転登記手続を求めることができるのである。

(二)  本件建物につき、被控訴人のした処分禁止の仮処分手続は法律に違反してされたものである。

被控訴人の神谷に対する債権は、金百参万円の貸金債権であるに過ぎず、したがつて本件建物については、仮差押手続をするのが妥当であり、仮処分手続をなすべきではない。たとい、神谷に対し他に多数の債権者があつたとしても、被控訴人自身の債権が金百参万円の金銭債権である限り、その金額を超える額の債権の保全行為は、権利の濫用であつて、憲法上許さるべきではない。

(三)  また、神谷京一が本件建物以外に財産を有しないということはない。同人は、最近まで経営していた店舗の権利を売つて、代金二百七十万円を握つて行方をくらませており、その他にも本件仮処分申請当時杉並区内に家屋を新築していた事実もあるのである。

(四)  神谷及び斎藤と控訴人との間の本件建物の売買が実際に行われたのは、昭和二十九年七月二十日であつて、その翌日にはすでに控訴人は家の引渡を受けて移転し、居住していたものであり、事実上の売買は完了している。また、控訴人のした仮登記仮処分手続及び所有権移転の本登記手続は、いずれも東京地方裁判所八王子支部の決定及び判決によつて正当に実施されたものであつて、その間に決して控訴人の悪意は存しない。

(これに対する被控訴人の陳述)

(一)  控訴人は神谷及び斎藤の両名を共同売渡人として本件建物を買い受けた、との主張を否認する。控訴人のかかる主張は、本件建物の登記簿上の記載を無視するものであつて、容認しがたい。

(二)  また、神谷が本件建物以外に財産を所有する、との主張も事実と相違する。すなわち、神谷の経営していた店舗及び敷地は借り物であつて、その所有者月窓寺がこれを第三者に売却した際、神谷は店舗の借主として多少の補償料を受けることとなつたらしいが、同人がかねて月窓寺から借り入れた金員その他の借財を差し引かれ、僅少の立退料をもらつて立ち退いたに過ぎない、というのが真相である。

(三)  その他の控訴人の主張はすべて争う。

なお、被控訴人が昭和二十九年七月二十二日に東京地方裁判所八王子支部で得た、本件不動産処分禁止仮処分決定の登記手続は、同日完了した。

三、双方の提出、援用した証拠及び相手方提出の書証の成立に関する陳述は、被控訴代理人が、当審における被控訴人田中テル本人尋問の結果を援用し、原審における乙第一五号証の認否を訂正して、同号証の成立を認める、と述べ、控訴代理人が、原審証人神谷きみの証言を援用したほか、原判決摘示と同一である。

理由

職権をもつて考えるのに、本訴における第一審被告(第一審反訴原告、控訴人)呉裕仁は、一、九五一年二月三日生の未成年者であること、記録編綴(三六六丁)の東京都武蔵野市長の登録済証明書により明らかであつて、本訴はその親権者父呉秋温を法定代理人として追行されているところ、記録編綴(三八一丁)の中華民国駐日大使館の証明書によれば、控訴人は中華民国の国籍を有し、その父は呉秋温、母は呉香枝であるが、同国民法第一千零八十四条に照せば、父母は未成年の子女に対して保護及び教養の権利義務を有することが明らかであるので、本訴も亦、控訴人の父母が共同親権者としてこれを追行すべきであつた、といわなくてはならない。しかるに本訴が第一審以来、呉秋温のみを控訴人の法定代理人として提起され、かつ、同人のみによつて訴訟が追行されていること、前記のとおりであり、しかも控訴人の母呉香枝は呉秋温の右行為を追認するの意思がないこと、本件弁論の全趣旨により明白である。してみれば、すくなくとも本訴の第一審の訴訟手続は全部不適法であり、これに基いてした原判決は取消を免れないものというのほかはない。

もつとも、本件控訴も亦呉秋温のみを控訴人の法定代理人として提起されているので、不適法である、というべきである。しかし、原判決が不適法の手続によりされていること、前示のとおりであり、たとい形式的に確定するに至つても、再審によつて取り消されるべきものである以上(民事訴訟法第四百二十条第一項第三号参照)、本件控訴を不適法として却下することなく、本件控訴手続において原判決を取り消し、あらためて正当の手続によつて訴訟を進行させることが、訴訟経済の見地からして相当であるとしなければならない。

よつて、民事訴訟法第三百八十七条、第三百八十九条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 多田貞治 入山実)

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